この記事でわかること
「本物にしか見えない偽の動画がある」「経営者の声をまねた詐欺の電話があるらしい」。こうしたニュースの背景にあるのが、ディープフェイクです。
この記事では、ディープフェイクとは何かを、中小企業の経営者・個人の目線で整理します。仕組みの詳細よりも、「どんなリスクがあり、どう備えればよいか」を中心に解説します。
この記事で扱う主な内容は、次のとおりです。
- ディープフェイクとは何か
- 悪用されるとどんなリスクがあるか
- 見分け方と、その限界
- 経営者・個人としての現実的な備え
生成AIそのものの全体像を先に押さえたい場合は、生成AIのビジネス活用の全体像もあわせて読むと理解しやすくなります。
「本物そっくりの偽物」が作れる時代に
AI技術の進歩によって、実在する人物の顔や声を、本物と見分けがつかないほど精巧に再現できるようになりました。これを悪用すると、その人が言っていない言葉を話す偽の動画や、本人そっくりの偽の声を作れてしまいます。
便利な生成AIの技術が、悪意を持って使われると、こうした「本物そっくりの偽物」を生み出す道具にもなります。それがディープフェイクです。
結論=ディープフェイクは「AIが作る精巧な偽の画像・動画・音声」
結論から言うと、ディープフェイクとは、ディープラーニングなどのAIを使って、実在する人物の顔・声・動作などを、本物らしく合成・改変する技術や、その生成物のことです。
「ディープラーニング(深層学習)」と「フェイク(偽物)」を組み合わせた言葉です。実在する人物の顔を別の映像に合成したり、声をまねて話させたりと、精巧なだけに、見ただけ・聞いただけでは本物と区別しにくいのが特徴です。
ここで押さえておきたいのは、すべてのAI生成の画像や音声がディープフェイクにあたるわけではない、という点です。映像制作や娯楽など、本人の合意のある正当な使い方もあります。問題となるのは、本人になりすましたり、偽情報を広めたり、詐欺に使ったりする悪用です。総務省の「令和6年版 情報通信白書」でも、偽・誤情報の拡散に関わる課題として取り上げられています。
ディープフェイクとは わかりやすく
イメージしやすく言うと、ディープフェイクは、AIによる非常に精巧な「なりすまし」です。
昔から、写真の加工や物まねはありました。しかし、それらは注意して見れば違和感に気づけることが多いものでした。ディープフェイクは、AIが大量の本物の画像や音声を学習し、その人の特徴を捉えて作るため、加工の跡が分かりにくく、本物との区別が難しくなっています。
たとえば、ある社長の過去の動画や音声をAIに学習させれば、その社長が実際には話していない内容を、本人そっくりの姿と声で「話している」偽の動画を作れてしまう、というわけです。
どんな技術で作られるのか
ディープフェイクは、ディープラーニング(深層学習)というAIの技術を土台に作られます。本物のデータからその人の顔や声の特徴を学び、それをもとに偽の映像や音声を生成します。必要となるデータの量は、使う技術や手法によって異なります。
技術の名前としては、GAN(敵対的生成ネットワーク)などが使われることがありますが、経営者のあなたが仕組みの詳細を覚える必要はありません。「AIが本物を学習して、精巧な偽物を作る技術だ」という理解で十分です。ディープラーニングそのものについてはディープラーニングとはで解説しています。
悪用されるとどんなリスクがあるか
ディープフェイクには、映像制作やエンタメでの活用など前向きな使い道もありますが、悪用されたときのリスクが大きい点が問題視されています。中小企業にとっても、他人事ではありません。
- なりすまし・詐欺:経営者や取引先になりすまし、偽の音声や動画で送金や機密情報の提供を指示する。
- 偽情報の拡散:実在する人物が言っていないことを言ったように見せ、信用を傷つけたり、世論を誤らせたりする。
- 名誉毀損・肖像権の侵害:本人の許可なく顔や声を使い、傷つける目的で悪用する。
特に、経営者や役員になりすました偽の指示による送金詐欺は、企業にとって直接の被害につながりかねません。「本人の顔や声で確認したから安心」とは言い切れない時代になっています。
見分け方と、その限界
ディープフェイクには、不自然な点が残っていることがあります。たとえば、まばたきや口の動きの不自然さ、顔の輪郭や光の当たり方の違和感、音声と口の動きのずれなどです。
ただし、技術は日々進歩しており、こうした見分け方が通用しないほど精巧なものも増えています。「見た目で見破れるはず」と過信するのは危険です。見分けようと努力するよりも、次に述べる「本当に本人からの連絡か、別の手段で確かめる」という備えのほうが、現実的で確実です。
経営者・個人としての現実的な備え
技術で完全に防ぐことは難しいため、運用のルールで備えるのが現実的です。
- 重要な指示は、別の手段で本人に確認する:音声や動画だけで送金や機密提供を判断せず、あらかじめ決めた連絡手段や合言葉で裏を取る。
- 社内でルールを決めておく:「経営者からの送金指示は、必ず電話で折り返して確認する」など、なりすましを前提とした手順を決める。
- 情報を鵜呑みにしない姿勢を共有する:衝撃的な動画や音声ほど、まず出所と真偽を確かめる。この姿勢はAI時代の情報リテラシーとも共通します。
大切なのは、「本物そっくりだから本物だ」と考えないことです。本人確認を、見た目や声以外の手段でも行う習慣が、被害を防ぐ最大の備えになります。
顧問先へディープフェイクのリスクを説明するとき、私は最初に、「社長の顔や声が本物に見えても、それだけで本人確認を完了してはいけません」と伝えています。
社員へ「偽物を見抜いてください」と求めるだけでは、十分な対策になりません。技術が進歩すれば、人の目や耳だけで判断するのはさらに難しくなるからです。
だから勧めているのは、見抜けなかった場合でも、送金や情報漏えいの手前で止まる社内ルールです。柱は3つあります。
1つ目は、登録済みの連絡先へ、必ずかけ直すことです。
電話で社長から緊急送金を頼まれたら、いったん通話を終え、社内の連絡先一覧に登録された社長の番号へかけ直します。相手から「この番号に折り返してほしい」と言われても、その番号は使いません。本人確認のための連絡先を、その場の相手に決めさせないことが肝心です。
2つ目は、金銭と機密情報には、二人以上の承認を必要とすることです。
一定額以上の振込、振込先の変更、顧客データの社外送信は、担当者とは別の管理者の承認を通します。社長本人からの指示であっても、通常の承認手順は省略しません。
3つ目は、「緊急、秘密、例外」の三つが重なった依頼ほど、一度止めることです。
なりすまし詐欺は、「今すぐ対応してほしい」「誰にも相談しないでほしい」「今回だけ手続きを省略してほしい」と、確認を飛ばすよう迫ってきます。本当に緊急の案件でも、本人確認と承認の数分は取れます。確認を嫌がること自体を、危険信号として扱います。
そして、ルールと同じくらい重要なのが、経営者自身が「確認のために送金や情報送付を止めても、社員を責めない」と明言することです。
社員が不審に思っても、「本当に社長だったら怒られるかもしれない」と考えて、指示に従ってしまうことがあります。確認した結果、本物の指示だったとしても、止めた社員を評価する。反対に「なぜすぐ実行しなかったのか」と責めれば、次から誰も止めなくなります。
顧問先では、長い規程を作る前に、「声や映像だけで本人確認を完了しない」「相手から指定された連絡先では確認しない」「不審な連絡は削除せず、画面や送信元の記録を残す」といった、すぐ実行できる短いルールを、経理・総務・営業など重要な情報を扱う社員へ説明してもらいます。
読み合わせだけで終わらせず、「社長の声で緊急送金を求められたらどうするか」という想定訓練まで行うと、実際の行動につながりやすくなります。
被害が疑われる場合の初動も、先に決めておきます。例えば、送金してしまった場合は、社内調査を始める前に、まず金融機関へ連絡するという順番です。
最後はいつも、こう伝えています。
「ディープフェイクを完璧に見破れる社員を育てるのではなく、見破れなくても、送金や情報提供の前で止まる仕組みを作ってください」
かけ直し、複数承認、一時停止。この業務ルールは、偽物を作る技術がどれだけ進歩しても使えます。
ディープフェイクについてよくある質問
ディープフェイクと生成AIの違いは何ですか?
生成AIは、文章・画像・音声などを作り出すAI全般を指します。ディープフェイクは、実在する人物の顔・声などを本物らしく合成・改変する技術やその生成物で、生成AIや合成メディアの技術と重なります。娯楽など正当な用途もありますが、なりすましや偽情報などに悪用されると問題になります。目的によって、正当な利用と、不適切・違法な利用に分かれる点が重要です。
ディープフェイクは危険ですか?
技術そのものが危険というより、悪用されたときのリスクが大きい点が問題です。なりすまし詐欺や偽情報の拡散に使われることがあります。「本人の顔や声で確認したから安心」と考えず、別の手段で本人確認する備えが大切です。
ディープフェイクは見分けられますか?
不自然な点から見分けられる場合もありますが、技術の進歩で見分けが難しいものも増えています。見た目で見破ることに頼るより、重要な連絡は別の手段で本人に確認するほうが、確実な対策になります。
関連記事と「AI戦略」に関するご案内
ディープフェイクは、便利なAI技術が悪用された一例です。完全に見破ることは難しいため、「本物そっくりでも鵜呑みにしない」「重要な指示は別の手段で確かめる」という備えが、被害を防ぐ鍵になります。
情報を見極める力は情報リテラシー、AIと著作権・肖像権はAIと著作権、生成AIの全体像は生成AIとはで整理しています。AI活用とリスク対策を経営全体で考えたい場合は、中小企業社長のためのAI戦略活用完全ガイドもご覧ください。
確認日:2026年7月23日/本記事は一般的な考え方の解説です。参考:総務省「令和6年版 情報通信白書」(偽・誤情報の流通・拡散等の課題及び対策)、IPA(情報処理推進機構)のAIセキュリティ関連情報、および各社のセキュリティ解説。違法性は行為や権利侵害の内容により異なります。具体的な被害対応は専門家・警察・金融機関等にご相談ください。
